記事:低俗霊に取り憑かれたキチガイの典型。世も末だな、、、で書いた通り、ジャーナリストとは、事実を報道する人のことではなく、それを知らないことが罪にあたるようなことを広く知らしめる人のことである。なぜならば、無知は罪だから。
したがって、ジャーナリストとは、オカルティストであらねばならない。オカルトとは、本来、隠されたもの、という意味である。
オカルト(occult)とは元来は「隠されたもの」という意味のラテン語に由来する表現であり、目で見たり、触れて感じたりすることのできないことである。そのような知識の探求とそれによって得られた知識体系は「オカルティズム」と呼ばれている。ただし何をもって「オカルト」とするのかについては時代や論者の立場等により見解が異なる。
不穏な雲が広がり始めているけれど、現象としては、おそらく、一言で言えば、民族的なものの露出として現れるだろうと考える。たんに右や左や、無党派などなどというくくり方では見えなくなる民族性としてね。おそらく、ね。本人の意識に関係なく、民族性として、、、
血が騒ぎだすのだ。
社会的な混乱は、管理する側が管理される側を管理する手段として演出する。たかが弱毒性の人工的に作成された可能性が指摘されているインフルエンザごときで、CMを流し始めたりね。問題なのは、このあと今年の冬に来るはずの第二波の方であり。
経済的混乱による不安醸成、疫病の発生と蔓延による不安醸成。残りは、天変地異による不安醸成。
祈りの人たちがいる。無私に祈る人々。何事も起きないように、と。祈りは天に通じ成就される。
さて、田中良紹 は、言葉の真正なる意味においてジャーナリストであると思える。少なくとも現時点まではね。田中良紹 は、以下で読むことができる。